辞世の句について
辞世の句、というものがある。あらかじめ詠んでおき近親者に託しておくか、懐に忍ばせておくものであったことだろう。本当の今際の際に詠ことは、心も千々に乱れ、名歌を残すことは難しかろう。推敲する隙もあるまい。
死という最もドラマチックかつ最後の見せ場である場面で、自らの教養の高さをアピールするための、最高で最後のパフォーマンス。
私もそれなりの辞世の句を残したいものである。
散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ
(散るべき時を知っているからこそ世の中の花は花として美しい。人も然りである)
花ぞ散る 思へば風の 科ならず 時至りぬる 春の夕暮
(花は散るが、思えばそれは風のせいではなく、ある春の夕暮れにただ散るべき時に至ったからに過ぎないのだ)
かえらじと かねて思えば 梓弓 なき数にいる 名をぞとどむる
(梓弓で射た矢のように、生きては帰るまい。この世に名は残し、死者の仲間入りをしよう)